150年以上、日本の「美」を象徴してきた資生堂が、いま大きな転換点に立っています。過去最大級の赤字、相次ぐ事業売却、2,000人規模の人員削減――それらは偶然ではなく、この10年で同社が選び取ってきた経営戦略の帰結でもあります。本シリーズでは、赤字の背景、「持たない経営」の副作用、そして再生への可能性を三つの視点から検証。数字の裏にある意思決定と、資生堂が再び輝くための条件を全3編にわたって読み解きます。
日本を代表するビューティーカンパニー、資生堂。150年以上の歴史を誇り、日本発の「美」を世界に発信してきた同社が今、かつてない荒波に揉まれています。2025年後半、市場を駆け巡ったのは「過去最大級となる見通しの赤字転落」という衝撃的なニュースでした。
かつての輝きを知る者にとって、信じがたい変調。なぜ、資生堂の業績はこれほどまでに急速に悪化してしまったのでしょうか。その裏側には、単なる景気変動では片付けられない、構造的な「誤算」がありました。
1. 2025年12月期、衝撃の「520億円赤字」
資生堂が2025年11月に発表した業績下方修正は、投資家のみならず、業界全体に激震を走らせました。当初、通期で黒字を確保するとしていた予想は覆り、巨額の最終赤字へと転落したのです。
売上高見通しが数百億円規模で下方修正される一方で、最終損益が大幅に下振れした事実は、本業の苦戦以上に「大きな膿(うみ)」を吐き出したことを物語っています。その正体こそが、過去のM&Aによって膨らんでいた「のれん代」の減損損失でした。
2. 成長の旗印だった「ドランク エレファント」の誤算
今回の巨額赤字の直接的な要因となったのが、約468億円にのぼる減損損失の計上です。その対象となったのが、2019年に約8.45億ドル(当時のレートで約900億円)という巨額を投じて買収した米国のスキンケアブランド「ドランク エレファント(DRUNK ELEPHANT)」です。
買収当時、資生堂は「クリーンビューティー(肌にも環境にも優しい成分)」という新たな潮流を取り込むことで、米州市場での飛躍を目論んでいました。しかし、現実は甘くありませんでした。
市場環境の変化としては、米国における消費者の購買意欲減退が挙げられます。また、同様のコンセプトを掲げる競合ブランドが乱立し、ドランク エレファントの優位性は相対的に低下しました。結果として、買収時の評価額が将来の収益力に対して過大であった可能性が、今回の減損という形で表面化したのです。
3. 中国依存という「一本足打法」の末路
赤字のもう一つの構造的要因は、長年続けてきた「中国市場への過度な依存」です。資生堂は、中国を第2のホームマーケットと位置づけ、日本国内市場の成熟を補う成長ドライバーとして全社リソースを投入してきました。しかし、その戦略は想定外の逆風に直面しました。
処理水放出をきっかけに、中国SNSを中心に日本ブランド全体に対する警戒感が強まったとされます。これまでの「日本発=高品質」という評価が、市場環境次第ではリスクとして作用する局面も生まれました。
さらに、中国の若年層を中心にC-Beauty(中国現地ブランド)が台頭し、愛国消費の流れも追い風となって外資系ブランドの競争環境は一段と厳しさを増しています。加えて、かつて「爆買い」を支えた海南島などの免税店市場も、在庫過多や消費行動の変化により急減速しました。2024年以降、中国事業の収益性は明確に悪化しており、もはや中国市場は「確実な稼ぎ頭」とは言えない状況にあります。
4. 結論と示唆
資生堂の520億円赤字は、単なる一時的な不調ではありません。「M&Aの誤算」と「特定市場への過度な依存」という、経営上の戦略判断が同時に表面化した結果だと言えるでしょう。
一方で、この赤字はネガティブな側面だけを持つものではありません。巨額の減損を計上したことは、過去の投資判断をリセットし、身軽な状態で次の成長ステージへ進むための「膿出し」とも捉えられます。問題は、この逆風の中でブランド力という無形資産をどう守り、再構築していくかです。
次編では、資生堂が進めてきた「持たない経営」という選択が、なぜ現在の局面で試練となっているのかを掘り下げていきます。



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