2026年1月。欧州の主要な化粧品生産国であるフランスにおいて、特定のPFAS(有機フッ素化合物)を対象とした規制が施行されました。本規制は化粧品用途に限られたものではありませんが、化粧品も例外なく影響を受ける分野の一つです。
本規制は、私たちが日々のメイクアップで恩恵を受けてきた「落ちにくさ」や「質感の良さ」をつかさどる成分である、特定の有機フッ素化合物(PFAS)を意図的に含有する消費者製品の製造・輸入・市場投入を原則として禁止するものです。この動きは、単なる一国の環境規制という枠組みを超え、私たちが長年享受してきた「化粧品の機能性」の定義を根本から見直す契機となっています。
今、私たちのポーチの中にあるお気に入りのマスカラやファンデーションが、なぜ姿を消そうとしているのか。あるいは、なぜ密かに「中身」が変わっているのか。世界を牽引する大手ブランド各社の動向、そして私たちは成分表の何を見るべきなのか。最新の動きを整理します。
フランスの決断:美容業界の慣習を変えてまで守りたかったもの
2026年1月1日。フランスは世界に先駆けて、化粧品や衣料品など、日常的に使用される消費者製品におけるPFASの使用を厳しく制限する規制を導入しました。これは、ロレアルやシャネルといった世界を牽引する大手化粧品ブランドの本拠地が、自国の主要産業に極めて厳しい制約を課したことを意味します。
フランス議会がこの決断を下した最大の理由は、「予防原則(Precautionary Principle)」にあります。科学的な因果関係が100%証明されるのを待っていては、環境と人体へのダメージは取り返しがつかない。その危機感が、経済的利益を上回ったのです。
フランス国内では、今月から新規の「フッ素入り処方」の製品は市場に供給されなくなりました。一定の経過措置が想定されているものの、ブランド各社はすでに数年前から、世界共通の処方を「脱PFAS」へと切り替えるステルス・リニューアルを完了させています。
| メーカー | 動向 |
|---|---|
| ロレアル(L’Oréal) | 2018年にはすでにPFASの段階的廃止を決定し、2020年以降の新規製品において、PFASを使用しない処方への移行を進展。同社の研究開発部門(R&D)は、代替成分の探索に膨大な投資を行い、安全性を担保しつつ機能性を維持する手法を確立。 |
| シャネル(CHANEL) | 高級メゾンとしての質感(官能性)を維持するため、数年をかけて独自の代替素材を開発。2026年の施行時点で、ブランドの象徴であるファンデーションやアイシャドウの処方を、法規制を見据えた構成へと段階的に移行。 |
「PFAS(有機フッ素化合物)」とは?:その機能と代償
これまで化粧品業界において、PFAS(有機フッ素化合物)は「ウォータープルーフ」「崩れないメイク」の申し子として重宝されてきました。PFASは、炭素とフッ素の強力な結合(C-F結合)により、熱や薬品に強く、水や油を弾く特性を持ちます。この安定性こそが、化粧品において「夕方まで崩れない」という高い機能性を支えてきました。
- 圧倒的な撥水・撥油性: 汗にも皮脂にも負けない、究極のウォータープルーフ性能。
- 驚異のテクスチャー: 摩擦係数を極限まで下げ、肌の上をシルクのように滑らせる感触。
- ロングラスティング性能: 塗布した瞬間に揮発し、顔料を肌にピタッと密着させるフィルム形成。
しかし、その「メイクが崩れない」という安定性は「自然界で分解されない」という残留性の裏返しでもあります。環境中や人体に長期間蓄積し続けることへの懸念、そして地下水汚染などの環境リスクを重く見た欧州は、「予防原則」に基づき、利便性よりも将来的な安全性を優先する決断を下しました。
日本国内のタイムライン:2026年6月「化審法改正」の衝撃
「フランスの法律なら日本には関係ない?」「日本の化粧品は規制対象になるの?」と考える方も多いと思います。日本国内においても、2026年は規制の大きな節目となるのです。
日本の「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」により、2026年6月17日から、PFASの一種である「PFHxS(ペルフルオロヘキサン硫酸)関連物質」を含む製品の輸入・製造が厳格に禁止されます。
すでに国内の主要メーカー(資生堂、花王、コーセー等)は、数年前から自主的にPFAS(特にPFOA、PFOS、PFHxS)の使用廃止を宣言し、代替成分への移行を進めてきました。しかし問題は、海外からの輸入化粧品や、小規模なOEM製品です。6月の施行を境に、これまで「落ちない」を売りにしていた輸入品が突如として姿を消す、あるいは大幅な処方変更を余儀なくされる可能性が高いのです。
具体的に資生堂では、 2025年までに製品処方におけるPFASの使用を原則廃止する方針を早期に公表。日本国内およびグローバルで展開する全ブランドにおいて、代替成分への切り替えをほぼ完了させています。
成分表に潜む「フッ素のサイン」を見極める
私たちは今、ブランドのイメージ戦略ではなく、成分表という「ファクト」を読み解くリテラシーを求められています。フランスではすでに規制対象・規制対象となりうるもの、また日本においても今後の規制強化の流れの中で注意が必要とされている成分の代表例は、以下の通りです
| 表示名称(日本) | 主な役割 |
| ポリテトラフルオロエチレン(PTFE) | パウダーの滑り向上。テフロンとして知られる。 |
| パーフルオロオクチルトリエトキシシラン | 粉体の表面処理。皮脂崩れ防止の定番。 |
| トリフルオロプロピルシクロテトラシロキサン | 密着性の高いフィルム形成、耐水性。 |
| トリフルオロアルキルメチルシリコーンアンモニウム基含有シロキサン | 特殊な質感改良、分散剤。 |
| ※フランスのPFAS規制において「意図的に使用されるPFAS」として問題視されやすい代表例であり、すべてが一律に禁止成分として名指しされているわけではありません。 | |
これらはいずれも、PFASに該当、またはPFAS関連物質として整理され得る成分です。
フランスでは、こうした成分が意図的に機能目的で配合されている場合、規制の対象となる可能性があります。また日本においても、今後の法改正や運用強化の流れの中で、使用可否がより厳しく判断される方向にあります。そのため現在、メーカー各社はこれらを「植物由来のワックス」や「高度に精製されたミネラル成分」へと置き換える、前例のないR&D(研究開発)競争の真っ只中にいます。
まとめ:私たちが持つべき視点
2026年1月のフランスでの施行、そして6月に控える日本の規制強化。これらの一連の流れは、化粧品における「品質」の定義を書き換えました。
かつては「いかに落ちないか」という利便性が品質の代名詞でしたが、現在は「肌にも環境にも残留しない」という持続可能性が、品質の重要な構成要素となっています。メーカー各社は今、PFASが持っていた特性を、より安全な物質で再現するための技術革新を続けています。
成分表に記載された名称を確認し、その背景にある各メーカーの姿勢を理解することは、これからの美容選びにおいて不可欠な視点となるでしょう。
参考文献・出典
・LOI n° 2025-188 du 27 février 2025(フランス官報)
https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000051260902
・2026年1月1日からフランスでPFAS含有の化粧品等の禁止(JETRO)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/03/3a703ccc382b5d4f.html
・経済産業省(METI): 化学物質審査規制法(化審法)「PFHxS関連物質」の指定について
・環境省(MOE): PFASに関する今後の対応の方向性について
・ロレアルグループ(L’Oréal)
PFAS in cosmetics: 100% of L’Oréal formulas without PFAS by the end of 202
・資生堂(SHISEIDO):
イノベーション・化学物質の管理方針



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