2021年、資生堂は創業以来の大きな賭けに出ました。それは、長年親しまれてきた「日用品」事業を手放し、企業の中枢機能である「IT・デジタル」を外部パートナーに委ねるという、徹底した「アセットライト(持たない経営)」への転換です。
このドラスティックな変貌は、一見するとスマートな近代化に映りましたが、現在の業績低迷局面においては、結果として経営の柔軟性を損なう要因の一つとして作用している側面も否定できません。
聖域なき「切り離し」:1,600億円で売却された収益基盤
資生堂が2021年2月に発表したパーソナルケア事業(日用品)の売却は、業界に大きな衝撃を与えました。「TSUBAKI」「uno」「SENKA(専科)」といった、ドラッグストアで誰もが目にするブランド群を、投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズへ譲渡したのです。
なぜ「稼げる事業」を手放したのか
当時の資生堂の説明は明確でした。
- 選択と集中:
低単価で競争が激しい日用品事業を切り離し、高付加価値な「スキンビューティー(高級スキンケア)」領域へ経営資源を集中させる。 - 財務の効率化:
工場や在庫といった資産をオフバランス化し、資本効率(ROE)の改善を図る。
しかし、この判断は現在の環境下では別の側面を浮かび上がらせています。日用品事業は、景気変動や特定地域の市場環境に左右されにくく、日本国内の生活者に安定して支持される「ディフェンシブ(防御的)」な収益源でもありました。これを手放した結果、資生堂の収益構造は、高級化粧品市場の動向により強く影響されやすいものとなったと言えます。
アクセンチュアとの「共創」がもたらした外部依存
日用品事業の売却と並行して進められたのが、IT・デジタル部門の再編です。2021年7月、資生堂は外資系コンサルティング大手アクセンチュアと合弁会社「資生堂インタラクティブビューティー(SIB)」を設立しました。
「SIB」設立のタイムラインと目的
- 2021年2月:アクセンチュアとの戦略的パートナーシップを発表
- 2021年7月:SIBが稼働。資生堂のIT部門を中心とした約250人が同社へ移籍
- 目的:
変化の速いデジタル領域において、自前主義にこだわらず外部の専門知見を活用し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させる
この取り組みにより、グローバルな顧客データの統合や、デジタル基盤の刷新が進んだことは事実です。一方で、IT・デジタル領域における意思決定や運用の多くを外部パートナーに依存する体制へと移行したことも、同時に意味していました。
「持たない経営」がもたらしたコスト構造の変化
「持たない経営」の一般的なメリットは、資産売却によるキャッシュ創出と、コストの変動費化にあります。しかし、実際の運営においては、想定とは異なるコスト構造が生まれた可能性があります。
変動費化の難しさ
自社で工場やシステムを保有していれば、不況時には投資の抑制や稼働調整によってコストを一定程度コントロールできます。一方、SIBやファイントゥデイ(前述の資生堂から分離されたパーソナルケア事業会社)といった外部組織に業務を委ねることで、業務委託費や仕入れコストが継続的に発生する構造となりました。
- SIBへの支払い:
システム運用・保守にかかる費用は、短期的な売上変動に応じて柔軟に削減することが難しい。 - 自社機能の希薄化リスク:
専門人材が外部組織へ移籍したことで、本体側の対応力が相対的に低下し、追加的な外部支援が必要になる場面が増えたと指摘する声もあります。
効率化を目的とした外部活用が、結果として「売上が伸び悩む局面でもコストが下がりにくい」構造につながった可能性は、否定できないでしょう。
結論と示唆
第2編で浮かび上がったのは、「持たない経営」という理論上は合理的な選択が、実務の現場では慎重な運用を求められる戦略であったという点です。
資生堂は、パーソナルケア事業や一部ブランドの売却、そしてアクセンチュアとの提携によって、事業構造のスリム化を進めました。その一方で、収益の安定性やコスト調整力といった緩衝材を減らす結果にもつながったと考えられます。
外部の専門性を活用すること自体は、グローバル企業にとって不可欠です。重要なのは、「共創」と「依存」のバランスをいかに保つかという点にあります。
現在進められている構造改革は、このバランスを見直し、コスト構造と意思決定の主導権を再び自社側へ引き戻すための調整局面と位置づけることができるでしょう。
「持たない経営」の転換がもたらした痛みの中で、資生堂は今、極めて重い判断を迫られています。それが、約2,000人規模の人員削減です。
最終編となる第3編では、「2,000人のリストラを越えて――CPBとSHISEIDOが示す『最後の希望』」と題し、この構造改革の先に残る競争力と再生の可能性を探ります。



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